godzilla 

「GODILLA 星を喰う者」
監督・静野孔文/瀬下寛之
主演・宮野真守

 で、虚淵玄による構成・脚本によるアニメ版ゴジラの三部作最終編です。
毎回、虚淵のことについて書くのもあれなんで、今日は作品に限定して
書こうかなと←普通そうだろう。

 今回も、ぼかして書いていますが、
かなりネタバレしています。


ネタバレ
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 一作目の「GODZILLA 怪獣惑星」がゴジラと人との戦い。
まぁゴジラが年号を変えたり制作陣が大きく変わって作られると
作られる一番一般的な内容ですね。
 二作目「GODZILLA 決戦機動増殖都市」がゴジラと機械との戦い。
ゴジラが人と戦うときでも、戦車とかジェット機とかと普通に戦っているので、
あれなんだけど、まぁ理解してもらえると思いますが、、、。
 もっと端的にいうと、ゴジラVSビルサルドなんですね。

 で、本作は、ゴジラVS神。
 思えば、人ともう一種族、ビルサルドを組ませたのはSFとして
更に超越した文明を得るためにガジェットとして何となく分かるんだけど
 エクシフは、あんまりずーっと物語のメインで出てきませんでしたし、
なんなのこの人らぐらいの扱いでした。
 宗教とか精神とかそんなんでゴジラみたいな巨大な物理的破壊者に
戦えるのか、って気がするんですが、、。
 そこは、虚淵、理屈をこね回して、ゴジラと神を戦わせ、
ゴジラVSエクシフを実現させます。
 でも、もう見ててわかると思いますが、人間もビルサルドもエクシフも
一緒なんですよね。
 人間もビルサルドのように合理的な面は持っているしエクシフみたいな
面も持っている。
 
 それと、ちょこ、ちょこ、この映画の解説者マーティン少佐よって
鑑賞者は教えてもらってましたが、虚淵による怪獣論が今作こそ一番大きく
取り扱われててしかも、わかりやすく説明されて面白い。
 人間文明と怪獣の比較、怪獣の存在理由みたいなものが説明されてて。

 端的に書くと、文明を否定する存在が怪獣なんだと。
 だから、全部破壊してしまのだ。的な。
 さすが虚淵、そんな観点で怪獣映画見たこと一回もなかったわ。

 というように、相変わらず、というか、三作目が一番理屈っぽいのでは
ないでしょうか。
 尺というか分数も短いし。
 ただね、今作決定的なのはね、徹底的に動きアクションが少ないわ。
 これはだけはいかんともしがたい。
 実写のゴジラでもキングギドラが出てくると、だいたい操演の人の
苦労と裏腹に概ね泥仕合になりますが。
 だって、キングギドラって羽と三本の首だけで攻撃するしかないから。
 今回も、このポスターの絵のまんまセリフと精神世界と理屈だけで
緊張感を煽るという手法が取られていまして、流石の虚淵ファンの私でも、
もうちょっとそれこそ爆発とか戦いとかないと、なんだろう、めっちゃ知的好奇心を
刺激してくれる講演者の講演を聞いているだけみたいに
なってしまいます。
 ギドラに噛みつかれてゴジラが窮地に陥るというポスターの絵のまんまの
状態が延々続きますから、ご注意ください。
 しかも、演出的にはゴジラがチョット浮くってのがキーアクションだから
カタルシスとか、大団円とかないわ、、。

 ハルオの精神世界での戦いもある程度どころかかなりハルオに
感情移入できていないと、ラストとしては弱いと思う。

 だけど、エクシフのギドラが象徴するの無、
無こそ安らかな安寧みたいなのはギリギリ理解できて、
なんとか理解できるけど、若いときか幼い頃は
そんなこと思わなかったし、
今でも、退屈で死にそうになるときもあるから微妙ですけど、、、。
 だけど、残念ながら、恐怖って感情は精神医学的にも
自己生存のために一番最初に覚えてボケてもいちばん最後まで残るらしいですよ。

 それと、あのラストも微妙だな、結局進化とか進歩を
一切否定する立場をユウコとハルオは取ったことになるけど、
フツワの人々も道具は使うぐらいに進化進歩してるわけだから
それこそ何万年単位では内燃機関から核技術ぐらいまで
いっちゃうんじゃないのでしょうか。

 だけど、三作足しても理屈的には成り立っていると思うんだな。
 これ、ノベライズも出てるみたいですが、SFとして小説という
媒体だったらもっと良かったかもしれない。
 
 ってことは映画としてどうなの、、。 

関係記事。
「GODZILLA 決戦機動増殖都市」

「GODZILLA 怪獣惑星」

シン・ゴジラ 

BLAME! (ブラム)
  
 
評価
☆☆☆。動きがないのはアニメとして映画としても駄目。
だってアニメーターが一番書きたいのって爆発のシーンだもん。