「地獄の黙示録」
監督・フランシス・フォード・コッポラ
主演・マーティン・シーン
概ね、というかERでもマーロン・ブランドがトップなんだけど
主演はなんといってもマーティン・シーンだと思う。
死ぬほど回数見てるけど、ディレクターズ・カット版も見ました。
相変わらず映画としてはめっちゃ力を持ってますね。
わけの分からなさ、後半の萎み感も含めるて余計に、
凄いの一言。
ベトナム戦争に限らず、戦争の狂気を描いた作品ってそれこそ
山程あるし戦争映画の定番テーマの一つだし、この映画が描くというか
演出された狂気ってちょっとあからさますぎるというか、はっきり言ってあざとすぎ。
過剰に演出されてて戦争の狂気だけを謳うのであれば、もっと
静かに違ったやり方で描く方法もあったと思います。
ミリオタの私は当然この映画にめっちゃはまり込み、
小説ばっか読んでいる時期に本作の原作にあたるコンラッドの「闇の奥へ」
も読みました。
かなり時間軸がホモジーニアスではないかなり読み難い原作ですが
こっちもといいますか、意外ときっちり原作のテーマとか
これまたわかりにくさとか戦争は関係しませんが狂気とか精神性、思想性は
ビックリするほど受け継いでいます。
まず最初に断っておきたいのは、
町山智浩さんの「映画の味方のわかる本「ブレードランナー」の未来世紀」
という映画評論集があります。
私的にまぁ映画や音楽っていってもセンシティヴな時代に見たものが
そのまま心に刺さりますから、時代だと言えば、一言なんでしょうが、
この本からめっちゃ影響を受けてて、どこまでが、
この本の町山さんからの受け売りか
原作まで読み、完全版まで見て思ったことかぐちゃぐちゃになっているぐらい。
この本から多数引用していることをあらかじめ指摘しておいて
書いていきます。
まず、原作から言うと、メインプロットは実はほぼ同じです。
コンラッドの原作では、舞台はアフリカ、
時代は19世紀の欧米による植民地獲得時代。
アフリカに派遣されたものの会社の業務命令を無視して
アフリカの奥地で先住民を統治し王国を築き、
象牙の密売をする困った男が現れます。
その男を殺しに行くのか、やめろと、説得しにいくのか、
忘れましたが、そこへいくのが、主人公で概ねこのお話です。
その象牙の密売をする男の名前がクルツ。
映画では、カーツ。ドイツ語読みするか、英語読みするか
ってことだけで一緒でしょ。
多分綴りも一緒。
で、白い象牙も映画では扱われていませんが、位置的にいって
白い麻薬の黄金の三角地帯。
ね、また一緒。
そう、アフリカ=非西洋なんだけど、ここに深い入り込んで
おかしくなってしまうというのを、ベトナム戦争に置き換えただけなんです。
この辺が、原作との一致性と引用ですけど、このコンラッドをベトナム戦争に
当てはめるあたりがセンスですよね。
これも、書かなきゃいけないんだけど、コッポラには
フォロワーというか、ルーカスとか
お弟子さんがたくさんいるんだけど、一番のお弟子さんはなんといっても、
本作の脚本を描いた、ジョン・ミリアスです。
Jミリアスは、志願したのに兵役検査に落ちたほどの人で
そこで、精神的に更に歪んでしまったのかそのせいかめちゃめちゃ
マッチョでタカ派な本を書きます。
一番わかり易いのは監督までした、コナン・ザ・グレートかな。
これも、実はラストが本作とそっくりなんだけど、まぁ置いときます。
「怒りの翼、イントルーダー」もそうですよね。
クーンツの原作とは、かなり違うんだけど、結局首都まで勝手に爆撃して
最後も勝利を収めてしまう。
本作でも、ラストの訳のわからなさはあとで詳細に書きますが、
カーツがやたら真の精鋭とか、最強のとか言いますよね。
あの辺、Jミリアスの影響大爆発です。
本作の尻すぼみ感は、あまりにも、ヘリボーンと呼ばれる攻撃手法の
ときのワルキューレの騎行のシーンが印象に残り過ぎてしまうのも
理由ですけど、
一番の理由は、これは、もろに町山さんからの受け売りですけど、
マーロン・ブランドその人。
撮影現場に現れたマーロン・ブランドは、ゴッド・ファーザーの
ときとは、信じられないくらいに太りに太りに登場。
そして、コッポラに一切のアクション・シーンの撮影を
まぁ立ち回りですけど、を拒否します。
というのも、この脚本、ミリアスの描いたもともとのオリジナルは
特殊部隊の工作員で最強の兵士でもあるカーツが王国を築き、
そこへ、マーティン・シーンたちが来るんだけど、その時、
もうカンボジアかラオスかベトナムかよくわからないけど、
カーツの王国は隣の最強の部族の集団の攻撃を受けます。
ラストは、最強にして最精鋭の部族同士の大激突となり
あの王国の中での大戦闘シーンになります。
もちろん、カーツもライフル、ナイフ、ナタを使用し大奮闘。
しかし収集がつかず、最後にマーティン・シーンに言うわけです。
「俺の上に爆弾をありったけ落とせ」と。
劇中ではたくさんタイプされた紙の中に、爆撃しろって
書いてあったでしょ。
だからわりと、ミリアスVerは踏襲されているのです。
しかし、いかなるアクションシーンも拒絶と成ると
困ったのは、コッポラ。
おそらく困ったどころではなかったと思います。
コッポラは強引にミリアスVerのラストを変えます。
まずフィリピンの古書店に古い誰が書いたかもわからない
詩集を買いに行かせこれをマーロン・ブランドに読ませ、撮影。
この映画の難しさというか、奥深さかもしないけど
わけのわからなさってこの辺にあるんです。
ただのマーロン・ブランドのわがまま。
だけど、今回注目してこのあたりを見てたけど、
このラスト改変の事実を知らないときは、
やたらMブランドが小難しいことを言いまくってたって印象でしたけど、
見てみたら、詩集読んでるのってワンショットだけじゃん。
しかも、詩集を持ったまま読んでるだけじゃん!。
おい!。
やっぱり詩集を読むのはコッポラと言えども、”良し”とは
思っていないんだなぁと理解した次第。
まぁ映画ってわからないものですね。ミリアスVerの大エンタメVerの
脚本のほうがおそらく百倍面白いけど、
本作がこれほどの評価を受け映画史に残る映画になったかどうか??。
ディレクターズカットですけど、河を遡上する途中に
ベトナムのフランス統治時代のまま住み着いちゃってる
フランス人の大邸宅に寄ります。
まぁ、これも、時代錯誤でイっちゃってる人々の象徴なんだろうけど、
河をさかのぼりながら悪夢のような信じられない経験をしていくって
筋立てだから、あのプレイボーイのバニーちゃんの慰問とか、
どれかのシークエンス最悪一個なくても、大丈夫ですよね。
みんながよくみる版はこのフランス人のシークエンスが
まるまるカットされてます。
最後に、原作との一致と言うか、符合に戻って偉そぶりたいのですけど、
映画の方でも、ちょこっとだけですが、カーツが
「怖い、(horrible)」って言いますが、
コンラッドの原作だと、クルツはやたらめったこの
「怖い、 (horrible)」を連呼します。
まぁ強いやつが好きで最終的にはマッチョが勝つというのが、
ミリアスの精神でしょうから、ミリアスは”良し”としてなかったでしょうが
原作だと、王国を築き先住民を支配しながらも、そのアフリカ、
もしくは、非西洋的考えに飲み込まれていってしまう、西洋人の
怖さと狂気がこの一言に含まれているとしか思えません。
人って、生物としての生存本能からでしょうが、最初に覚える感情も
恐怖で、老いてボケても最後まで残るのは、恐怖の感情だって言いますから、
人のいや、生物の根源を表した一言かもしれません。
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